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アーティスティックディレクター 森村泰昌(もりむら やすまさ)
Artistic Director / MORIMURA Yasumasa

芸術の良心、未知の芸術

森村泰晶

©Morimura Yasumasa+ROJIAN

行き先は未知である。しかし横浜から舟は出港した。その船長が私だとしたら、正直なところ、舵取りはかなり危険である。

美術家である私は、国際展のアーティスティックディレクターを務めた事など、一度もない。はじめて舵輪を握るのであり、しかもどのように操舵するのか、練習もないまま舟は出港したのである。

しかし、このいささか無謀とも思える船出こそ、今、国際展には必要とされているのではないだろうか。2000 年代に入り、国際展は国内外問わず、各所で我も我もと立ち上げられて、すでに物珍しい催事ではなくなった。単に大きいだけの規模。楽しいだけのお祭り騒ぎ。単純なポピュリズム、グローバリズム、ローカリズム。芸術世界への市場原理の強すぎる影響などが目立ち、関係者のみならず、観客のほうからも、これでいいのだろうかという疑問の声が、まだ少数派かもしれないが、そろそろ出始めているのではないか。

私は原理主義者ではないので、芸術はこうあるべきだと一方的に決めつけたくはない。堅苦しい枷をはめて、それに合致しない作品はすべて排除するなどという不自由は選択しない。だが、なんでもありというのでは困る。自由な表現の場を確保しつつ、これだけはキープしたいという信念は捨てないでおきたい。では私が捨てず持ち続けたい信念とは何か。それは「芸術の良心」というものである。もし芸術の神様がいるとすれば、その神様に捧げる芸術作品が、なんら恥じる事のない供物であっていてほしいという願いである。

かくのごとく、アーティスティックディレクターという重責を担った経験のない私は、ほとんど理想主義者としての夢を語るにすぎず、それは、現実という名の向かい風といかに上手くつき合うかが成功の決め手と知るプロのキュレーターたちからは、甘いと諭されるかもしれない。確かに、夢や理想だけが価値基準である美術家の児戯じみた舵取りは、いかにも危うい。だがこの初心者の危うさを、忘れかけている冒険心と捉えなおし、芸術世界の未知数に向かって新鮮な気構えで旅に出る。これはこれで、重要な提案を必ずや孕むだろう。

約2年間の長旅となるが、好奇心と愛情をもって、じっくりと見守っていただきたい。よろしくお願いいたします。

2012年12月18日

略歴

1951年、大阪市生まれ、同市在住。京都市立芸術大学美術学部卒業、専攻科修了。

1985 年、ゴッホの自画像に扮したセルフポートレイト写真を発表。以後、一貫して「自画像的作品」をテーマに、美術史上の名画や往年の映画女優、20 世紀の偉人たちなどに扮した写真や映像作品を制作している。

1988 年、第43 回ヴェネチア・ビエンナーレ、アペルトに出品したほか、国内外で多数の展覧会に出品している。

主な個展に、「美に至る病―女優になった私」(横浜美術館、1996 年)、「空装美術館―絵画になった私」(東京都現代美術館、他2 館、1998 年)、「私の中のフリーダ/森村泰昌のセルフポートレイト」(原美術館、2001年)、「美の教室、静聴せよ」(熊本市現代美術館、横浜美術館、2007年)、「Requiem for the XX Century. Twilight of the Turbulent Gods」(La Galleria di Piazza San Marco、ヴェネチア、他ニューヨーク、パリに巡回、2007、2008 年)、「なにものかへのレクイエム―戦場の頂上の芸術」(東京都写真美術館、他3 館、2010、2011年)、「森村泰昌展 ベラスケス頌:侍女たちは夜に甦る」(資生堂ギャラリー、2013年)、「森村泰昌 レンブラントの部屋、再び」(原美術館、2013年)など。文筆活動も精力的に行っており、近著に『森村泰昌「全女優」』(二玄社、2010 年)、『まねぶ美術史』(赤々舎、2010 年)、『対談集 なにものかへのレクイエム―20 世紀を思考する』(岩波書店、2011年)など。

2006年度京都府文化賞・功労賞、2007年度芸術選奨文部科学大臣賞、2011年に第52回毎日芸術賞、日本写真協会賞・作家賞、第24 回京都美術文化賞の各賞を受賞。同年、秋の紫綬褒章を受章。2013年に平成25 年度京都市文化功労者として表彰を受ける。