AfterGlow

アーティスティック・ディレクターメッセージ


AFTERGLOW


光の間隔、輝く期待、ゆらめく光の流れ、

存在の茂みと生成の間を流れるあふれるエネルギー

 

ラクス・メディア・コレクティヴ

(ヨコハマトリエンナーレ2020 アーティスティック・ディレクター)
 

2020年7月

トリエンナーレというものは、人の学びを刺激するいくつもの「環境ミリュー」を作り出します。それは、休眠中のものであれ緊急のものであれ、世界のそれぞれに異なるさまざまな場所からやってきた関心事の間を泳ぎ回ることへと、みなさんを招き入れます。それらの関心事は、並べ替えられ、境界線を引き直され、解決がつかぬまま互いに共存しています。約2年前、わたしたちは今回のヨコハマトリエンナーレに向かって、わたしたち自身の航海に乗り出しました―― ケア(いたわり)について、毒を含み持つケアについて、ケアと友情について、友情の中にある輝きについて、そし て光輝の宇宙論コスモロジーについての問いを胸にして。昨年11月にはパフォーマンスとレクチャーのイべント、「エピソード00 ソースの共有」を開催し、考えのもととなるこれらの「ソース(source、源泉の意味)」を参加アーティストのみならず世界と共有しました。

一方、この数ヶ月の間に、生命をもたない存在である小さなウイルスが出現し、わたしたちが思い込んでいたことをひっくり返して人類全体に課題を突き付けました。人類史上初めて、世界各地にいる数十億人が――お互いの存在を意識しながら――生き方の作り直しを余儀なくされたのです。こうして、世界を捉え直すことの必要性が誰の目にも明らかになりました。
 
わたしたちは今、なじみのない、ウイルス性の、そして先が読めないところがある時代の残光(afterglow)の中にいます。誰もがよく知る手引書はまだありません。わたしたちはひとりで、そして仲間と一緒に、ぐらぐら揺れる目盛りを使いこなして航海を導いていかねばなりませんが、なじみのルールがどんどん変更されるので、目盛りの揺れはひどくなるばかりです。わたしたち はいま暴風雨のまっただ中にいて、みんなでその風圧にさらされているのです。
 
ヨコハマトリエンナーレ2020「AFTERGLOWー光の破片をつかまえる」はまた、一つの「場」でもあります。この展覧会でみなさんは、アーティストがじっくりと考えたことの間を歩き回りながら、わたしたちの内から宇宙にまで橋をかける虹のような光の帯を感じ取り、また自分で生み出すため、みずから学びたいという衝動を高めるのです。みずから学ぶ者=独学者たちは、あらゆることを学び、また学んだことをどんどん捨てていきます。彼らは必要なら、誰かが押し付けたもの、世の中で当然とされているものすべての中ではみだし者になることもためらいません。なぜなら、世界をうまくまわすためのマニュアルに書かれた機能や指示がまともに働かなくなったときには、機能や指示そのものを書き換えていかなければならないからです。
 
「AFTERGLOWー光の破片をつかまえる」はまた、関係を結ぶための、行動指針や強い感情のための、そしてがまん強さと驚きをもって世界を見、物語る力を支えるための、基盤のようなものでもあります。この足場は、わたしたちが、脈打ついのちの中にあるかすかな揺らぎや断層、つまずきや飛翔を感じ取ることを助けてくれます。こうしたことを理解するためには、自分の中にある
「ソース」へと近づいていかなければなりません。「ソース」はしばしば、ありふれたくらしの中に、また平穏無事な風景の中に、宝物のように隠されています。これらの「ソース」は、ゲームのルールを変えるためのきずなを、親しさを、また女性たちの連帯を育むための助けになるのです。
 
2019年にわたしたちが発表した「AFTERGLOWー光の破片をつかまえる」のための『ソースブック』の中で、みなさんと共有した目くるめく驚きを、この場であらためて感じてもらいたいと願っています。
 
「生命、宇宙、世界、そして日々の時間は、数えきれないほどの行為を通じて、分解・再構成され、発光に守られて徐々に再建されていく。短い間の傷も、時間の有毒なかけらが放つ残光(afterglow)の中で回復していく。生命とは発光する独学者なのである」。
 
さあ、「AFTERGLOWー光の破片をつかまえる」へようこそ。
 

ラクス・メディア・コレクティヴ

ニューデリー、2020年7月

[須川善行 訳]

 
 


 

「AFTERGLOW」というタイトルをめぐって

 

2020年4月

 

 名前には、たくさんの意味が込められています。何といっても、名前は物語の始まりを思い起こさせます。わかっていることといないことをたちまち浮き彫りにし、親近感を引き出し、愛情を招く合図となります。また、時間を超えていくものでなくてはなりません。

 

 名前をつけるには時間がかかり、また時間が求められます。空間を共有することが困難な現在の環境のなかで、今回のトリエンナーレに名前をつけるとするならば、どこにでも浸透するような名前が求められる一方で、トリエンナーレのプロセスに持ちこまれる多数で多様な存在の個別性を濁らせて見えにくくしてしまうような圧倒的な力を持つものは回避されなければなりません。このトリエンナーレはテーマをつけることを前提としない取り組みを進めており、またアーティストや一般の人々を巻き込んで、予測のつかない発見、驚き、洞察を前提とした出合いを生み出そうと試みています。そうしたこともあって、私たちラクスが求める名前は、何かを確定する力は弱くとも、泡のごとく生まれては消えるような生き生きとした興奮に満ちた名前を求めていたのです⸺楽しさ、魅力、冒険、謎に満ちた名前を。

 

 こうしたことを念頭に置いて、私たちは 「AFTERGLOW」 というタイトルを提案することにしました。それは、光の間隔、輝くような期待、ゆらめく光の流れ、存在と生成の茂みの間を流れるエネルギー、といったものを表しています。

 

 「AFTERGLOW」 というタイトルのもとで行われるトリエンナーレは皆さんを、深い探求と予兆が示すゆらめく輝きの中へとお誘いします。そこでは、まだ起こっていないことやこれから起こることを期待したり予測したりすることと、じっくり考えぬくことや主張を押し通そうとすることとが混ざり合います。皆さんには、抑制を忘れ、見知らぬものとの出合いから生まれる鮮烈な喜びを見つけていただければと思います。

 このトリエンナーレでは、アートは、気まぐれで、人を戸惑わせるようなゲームに興じます。最近、ますます認知されるようになっている非人間ノン=ヒューマンと楽しげに親しみをかわし、集団の総意と個人の信念の物語を思い起こし、よく知られたさまざまな力が増減するところを観察し、私たちを毒性への恐怖に立ち向かわせようとします。

 

 ときにそのアートは、私たちを爆発のもたらす発散物の中へ誘うこともあるでしょう。また深海に潜む生命の存在を示す生物発光という信号となることもあれば、ほかの場所では、友情の輝きとなり、ケアのぬくもりとなり、あるいは独学者の目の中にある直観のひらめきとなるのです。

 

 横浜美術館とプロット48を「茂みを発生させる拠点」と考えてみてください。精神と想像力の生物学的多様性のための臨時避難所シェルターなのだと。私たちが「社会的距離」という新しい語彙を学び始めたまさにこの時期に、茂みのことを考えてみてほしいのです⸺それはパンデミックが広める排他的原則とはまさに正反対のものです。密度、没入、絡み合いといったイメージが頭に浮かびます。茂みの中を歩き回っているときに警戒心が高まるさまについて考えてみるのも面白いでしょう。そうしたときには、時間を経験する速度は遅くなります。変容した時間の経験は、共感というかたちをとることもあります。それは思いやりと同じくらい、他人に伝染うつりやすいものです⸺ そんなときには、接触や接触を認識している状態は、その伝染りやすいものを追放するようなこともなく、安全な状態へと戻るための鍵となります。それは、さまざまなかたちや性向をもつ生命を歓迎しているのです。

 

 今回のヨコハマトリエンナーレ2020は、私たちの多様な世界にある多様な流れを誠意をもって受け入れる態度を示します。その最初の瞬間から皆さんに、世界が液体でできている状況をお見せいたしましょう。確実とされる事態への思い込みを溶かし、ぼやけさせ、また周縁を中心として踊らせましょう。そこでは手つかずの自然はもはや文明に対立するものではなく、文化的倫理にありがちな偏狭さは公然と無視されるのです。

 

 「AFTERGLOW」では、空間を思考と感情の複雑なダイアグラムへと変えるような作品を展示します。それは古代のものと濃厚に接触し、時間に身体をこすりつけながら、不確かな未来を見きわめます。破壊された古代遺跡のかけらをつなぎ合わせて、不思議な物体を復元します。またそれは、異国の温室に育つ巨大な花のように咲き誇ります。不死を求める中に生命を欲求し、その結果桁違いに大きな宇宙に目を向けることを強います。困難な愛に向ける熱情を廃墟と化した病院の中に見出す一方で、植物フローラ動物フォーナのエロティシズムに対する興味を隠しません。

 

 私たちは、この喧騒と静寂の、加速と迂回の織りなす茂みを歩き回ることで時間の経験が変容してしまうことを、アーティストや仲間たちともどもお約束いたします。この茂みに入るための チケットは、幾重にも重なり密度の高い時間を想像しつつ、一見それほど重要ではないものにも注意を払うような時間を共有する機会に皆様をお誘いするためのものです。

 

 それは、自らの光を持って、濃密な流れの中で輝く方法を見つけます。

 

 「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」は、21世紀にアートを作り続けることの意味に光を当てます。

[須川善行訳]

Photo: KATO Hajime